編集長・内田晃一(vib)

ジャズワールド編集長
ヴィブラフォン奏者

 1927年(昭和2年)1月15日栃木県鹿沼市生まれ。小学校2年生の時に東京都世田谷区三宿町に移住、同地多門小学校2年生に編入。1940 年港区の芝浦高等工業学校付属工科学校建築科に入学。戦後の学制改革で1947年芝浦工業専門学校(現・芝浦工業大学)建築科卒業。新宿区内の建設会社に入社したが間もなく肺結核になって故郷の宇都宮市の親元で療養後、回復して同市栃木新聞に入社し社会部記者として勤務した。その頃、宇都宮工業高校生だった渡辺貞夫とアマチュアのジャズバンドを組み、市内のダンスホールや米軍クラブなどで演奏。内田(vib)、渡辺(cl)、ほかに大関(b)、永田(ds)の編成。内田と渡辺はジャズミュージシヤン希望で1951年、相前後して上京し、プロミュージシヤンとして活動開始。内田は銀座・並木道りの「ファンタジア」で「橋本淳バンド」でプロスタート。以降「吉本栄とバードランド・ファイブ」、「レイモンド・コンデ&ゲイセプテット」、「渡辺晋&シックスジョーズ」など名門コンボに参加。1967年独立してスタジオミュージシャンとなり、約10年ファーストコールで活躍、ヴィブラフォン奏者でNo1プレーヤーとなり、同時に自己のバンド「内田晃一クインテット」または「内田晃一カルテット」を編成して現在に至る。ジャズ界でのニックネームは「ハンプトン」。

 著書としては1976年(株)スイング・ジャーナル社より「日本のジャズ史=戦前・戦後」がある。

 1979年ジャズ新聞月刊「ジャズワールド」を発刊。
 「ジャズワールド」は国内ジャズボーカルの隆盛発展を願って1985年、「日本ジャズボーカル賞」を創設し、以降毎年「大賞」「新人賞」、折に応じて「優秀歌唱賞」「奨励賞」「特別賞」などを贈り、ジャズ界に華やかな話題とボーカル界の活性化と発展の場を提供している。
 
 2016年12月16日、文化庁宮田亮平長官より「長年ヴィブラフォン奏者として活躍し、またジャズ新聞ジャズワールドを発刊するなどして、我が国の芸術文化の振興に多大な貢献をした功績」により文化庁長官表彰を受けた。

   副編集長・髙山惠子(vocal) 
 

栃木県宇都宮市出身。早稲田大学卒業。

在学中から演劇・音楽・文学などに興味を示し異文化コミュケーションの講演会、コンサート等のプロデュースを行う。

また幼少の頃よりコーラス、オペレッタなどの舞台で活躍。

2000年「日中友好ジャズ・フェスティバル」において中国、上海でプロ歌手デビュー。都内を中心にホテル、ライブハウスなどに出演。

、ラテン・タンゴナンバーも得意とし、2009年3月自己のグループ「髙山惠子と楽団南十字星」を旗揚げ。

マレー、インドネシア、ハワイ、キューバ、アルゼンチンに連なる南十字星圏内のポピュラーソングをラテンタッチで歌い、スペイン語、英語、ポルトガル語、フランス語、ドイツ語、タガログ語、日本語など多彩な言語を駆使したステージはエンターテイメント性溢れ、情感豊かで人の心に届く本格的な歌唱を絶賛される。

2010年5月16日リリース、内田晃一(vib & marimba)、ファーストリーダーアルバム「Oblivion」にゲスト参加。

パッショネイトな歌で好評を得る。

 

「Jazz World」副編集長、ボーカル賞選考委員を1998年より歴任。

現在、大学の英語の非常勤講師でもある。

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