ジャズワールド紙休刊のお知らせ

 当ジャズワールド紙は1979年(昭和54年)3月15日、第1号を発刊し、これまで41年間1号の欠番もなく発刊してまいりましたが、諸般の事情により本2月号をもって休刊いたしたく存じます。

 本紙1979年の第1号の発刊のご挨拶ではおよそ次のように述べています。
 「日本のジャズは大正12年、井田一郎バンドが大阪のダンスパーティーでジャズを演奏したのに始まった。最初に演奏した井田一郎バンドは、世間や古顔の楽士から白眼視されたが、ジャズの魅力を知った若者たちは興味を持ち、ある者はプロのミュージシャンとなった。昭和初年、社交ダンス流行に乗ったジャズは国内娯楽の最先端に躍り出て大衆の人気を集めた。次に日本は大戦争時代に突入して敵性ジャズは政府から完全に禁止されてしまった。戦前派ジャズメンはそういう悲運にあいながらも、遂に戦後を迎え、米軍占領下ジャズは一気に燃えあがった。米軍クラブでジャズを演奏し、高収入を得るなどその華やかさは筆舌に尽くしがたい。戦後のジャズ界は高低を繰り返しながら大きくは上昇し続け、今では最も芸術性の高い大衆音楽となって世はまさにジャズ時代である。そこで私はこのような新局面に入った日本のジャズ界の動向を新しい視点でワイドにとらえ、そのニュースを情報化社会(情報を早く得た者が優位に立つ社会)に生きるジャズ関係者に届けてお役に立てていただこうとの趣旨から、ジャズ界の新聞である「ジャズワールド」を発刊することになった。毎月これを読んでいればジャズ界のおおよそのことはつかめる……ぐらいの役割は果たしたい」。
 以上のような発刊意図は読者各位にとってもご賛同いただけたと存じます。

 何としても家族、姪の髙山惠子をはじめジャズ評論家の瀬川昌久氏、小針俊郎氏ほかの執筆者、そしてご購読いただいた各位にはお礼を申し上げねばなりません。本2月号をもって休刊し、しばらく様子を見、想を練って、例えばインターネット、SNSなどで送稿、受稿するなどのメディアを持ちたいと思っております。
皆様、長い間ご交遊いただき有難うございました。また、赤坂、六本木あたりで顔を合わせたら声をかけて下さい。皆様のご多幸をお祈りいたします。長い間お付き合いいただき心から感謝申し上げます。

編集長 内田晃一

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